竜宮城タイム🏯
小麦粉と砂糖とバターや牛乳などをギュッとして焼いたり揚げたりする口の中の水分を奪う食べ物、好きです😇
しかしちょっと注意が必要。
大学生の頃、朝は野菜ジュース、お昼は板チョコ、夜はパンみたいな生活を送っていたら肌荒れをして瞼が腫れてしまうようになり1ヶ月程メイクができなくなってしまったことがあります。アレルギー検査をしても原因がわからず。小麦粉に含まれるグルテン?何かが体の炎症を引き起こすと読んで小麦粉断ちをしたら治ったので体と相性良くないのかなぁと思い、そこから小麦粉はカフェに行った時や友達といる時、いただいた時だけのご馳走ポジションにいます。
そんな私に沖縄のお土産マフィンが🥹!!しかも8個セットて🥹!!
数日間はご馳走いっぱいの竜宮城タイムです🤝
むっしゃむしゃ食べ狂う自分がチャオチュールをあげてる時の実家の猫と重なりました。
タットヴァ・ボーダという聖典の中でヨガを学ぶ「適性のある人」についての記述があり、その中のひとつに「ダマ」があります。
ダマは目などの感覚器官や行動器官をニグラハ(統制)すること、ですと。
ん〜〜〜〜、ニグラハ😇✊
ヨーガの文化を生きる人々は全ての生き物(存在)に向けて玄関先に米粉で描くランゴーリと呼ばれるものを捧げます。「ブータ・ヤグニャ」と呼ばれる行いでアリや鳥たちがそれを食べに来ます。すべての生き物たちは私たちの生活に貢献してくれているという理解から、私たちも彼らに貢献するというもの。
体にいいとか悪いとかそういうのって日々を過ごす上で大切な視点だけど、そこばかりに目が行くと視野が狭くなる。そして、そもそもを見失う。
もっともっと基本。大前提としてこういうことだよなぁって気付かせてくれたことでした。
何が見えなくなっていて、何に気付けなくなっているんだろう
ヨーガという言葉はサンクスリット語で牛馬にくびきをつけて車につなぐという動詞「ユジュ」から派生したもので、「結びつける・繋ぐ」という意味があります。
物心ついた頃からまぁまぁ冷めた子供で、なぜ世界はあるのか?他の生き物を殺してまで私が生きる価値はあるのか?と哲学的な疑問が多い子でした。
ヨーガの学びは覆われて全く見えていなかったものがちょっとずつ虫食いみたいに明かされていく感覚で、今までの虚無や疑問に対してのアンサーにふとした時に出会えます。
この質問に対して答えが欲しい、欲しいと思ってもなかなか出会えない時もあるので他のことにうつつをぬかしつつセンサーを張って深めていきたいなぁと思うのでした🐰
今回もうまくまとめることはできませんでしたが、うまくまとめられないくらいが今の私にふさわしい。虫食いから覗いてる最中ですから。